スマホじゃなくてスマフォだろ第2回AI美芸研を傍観して

2016年08月15日

「ニセ科学」などと言ってしまうのであれば

自らを「科学ジャーナリスト」と名乗る人が、ある雑誌が血液型特集をしたことについて、以下のようにツイートしている。


血液型性格診断がニセ科学であることが「言うまでもないこと」であるというのであれば、ニセでない科学とは何なのかを、この科学ジャーナリストに聞いてみたい。
 


先に言っておくが、僕は血液型性格診断の肩を持つつもりはないし、科学というものをそれほど信用しているわけでもない。
ただ、「科学ジャーナリスト」と名乗る人があるものごとについて「ニセ科学」と言ってしまうのであれば、それを「言うまでもない」と言ってしまうことは非科学的である、と感じてしまう。
科学者や科学に関係する人は、「言うまでもない」ということを軽々しく言うべきではない。あるいはもし便宜上「言うまでもない」という言葉を使うときには、それについての説明を求められた時に、それをきちんと説明する責任を負うべきである。
科学者が「とりあえずxとする」というときには、そのxについてが自明のことであり、証明を求められたら応えることができるものでなければならない。

僕は「血液型性格診断はなぜニセ科学なのか?」ということが疑問だ。

そもそも科学とは、この世界のカオスを説明するために(時には無理矢理にでも)言葉で表そうとするものではなかったか?
そこには、見方によっては不条理になるかもしれない「分類法」というものも含まれるはずである。
先ほど僕は「科学というものをそれほど信用しているわけでもない」と書いたのは、分類法であるとか、アンケートによる安易な結論というものを信用していないからで、それらをも科学であるというのであれば、僕は科学なんてどうだっていい、と思っている。

そういった甘さでは、この世界を捉えることなどできない。

なので言ってしまえば僕は、血液型性格診断も科学も同様に信用していないし、それらは同じようなものだと思っている。つまり僕は科学側ではないし、血液型性格診断側でもない。
自分で「科学ジャーナリスト」と名乗る人にとっては、胡散臭い悪しき血液型性格診断は自分の側だと思いたくない、という気持ちなのだろうが、「言うまでもないが」と言ってしまうことで自分自身さえもその神々しき「科学側」ではなくなってしまっている、というパラドクスに気づいているのだろうか?

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myinnerasia at 08:04│Comments(0)ゲスでヤンス 

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