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2016年06月25日

ガラパゴスとはつまりアジアだということだ

今ではすっかり普通に使われるようになった「ガラケー」という言葉を「ガラクタケータイ」の略だと思っている人が5%(オレ統計)。
本来の「ガラパゴスケータイ」というときの「ガラパゴス」も、日本人が自らの文化を自虐的に言うとき使われることが多い。要するに「ガラケー」は今や見下される存在に成り下がってしまった。

スマホを使うようになったからといって、それ以前の古いガラケーを「ガラクタ」や「ガラパゴス」と言って見下す、という態度そのものもがこの島国独自の感覚であり、要するにガラパゴスだと思うのだが、そもそも日本の文化がガラパゴスだということの何が悪いのか?

ガラケーで使われているOSは、確かに日本独自に発展したものであり、そこで使われるブラウザも日本で生まれたものである。日本人が求める機能を盛り込むことで、海外の携帯電話よりも何歩も先を行くものに発展していった。
そこにスマホが現れたために、あっさりと陳腐化してしまったのは否めない。
だがそれは機能的に陳腐化した、ということであって、本来の意味での「ガラパゴス」ということとは関係がない。

「ガラパゴス」の反対語は「グローバル」である。
要するに「世界標準」。
日本独自に発展した、日本国内だけの標準に沿って設計された携帯電話を使うことよりも、世界標準で設計されたグローバルなスマホに乗り換えるということ。それのどこが偉いの?なぜガラケーを見下すのか?

グローバリズムとは要するに「撹拌」である。
ぬか漬けを毎日かき混ぜるのと同じで、局所的に発展しているコロニーを全体にブレンドして希薄化すること。
それまで局所的に発展したコロニー、つまりガラパゴスを全体に希薄化することで画一化すること。
世界中のどこに言ってもマクドナルドやスタバがあるように。
これは世界規模のファースト風土化である。

ここでぬか漬けの例で考えてみると、かき混ぜられることで局所的なコロニーが全体に希薄化されたとしても、そのぬか漬けが入った容器は、外部の環境からは隔離されている。つまり、ぬか漬けが入った容器は閉じられたシステムである、と言える。これを僕は「ぬか漬けの中の小アジア」と言った。
その閉じられた容器の中で、外部の環境からはかけ離れた独自の生態系が生まれている。
それは「ケフィアの中の小アジア」も、「睡蓮鉢の中の小アジア」も同じ。
そして、ガラパゴス化した社会というものも同じく、閉じられた世界で独自の生態系が生まれている、という意味で、アジアなのである。
ガラパゴス諸島であっても、あるいはヨーロッパやアフリカのどこかの小さな町で閉じられた独自の世界が生まれているというのであれば、それはアジアなのである。

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myinnerasia at 08:05│アジア 
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