人工無能は電気羊の。。。いや、なんでもない山田ボイス:人工無能版むてきんぐ、あるいは逆中国語の部屋

2016年07月10日

ジュリアン・オピーの風景画

ジュリアン・オピーは人物画で有名だ。
言い換えると、「ジュリアン・オピー」と聞くと、ほとんどの人は無機質でとぼけたようなあの人物画を想像することだろう。
まん丸の目、太い輪郭線、マチエールというものを一切排除したフラットな色彩。

ところが、ジュリアン・オピーは風景画も描いていたりする。
そしてそれらの風景画が、ジュリアン・オピーの人物画の意味を考えなおさせるきっかけになっている。
julian_opie

ジュリアン・オピーが描く風景画には、人物は登場しない。
誰もいない風景。ノーマンズランド。 
まるで無機質な。

では、そもそもジュリアン・オピーの人物画には人物が描かれていたのだろうか?
という疑問がわいてくる。

あれだけの数の人物画を描きながら、そこに人の気配が感じられない。

opie

アート界におけるオピーの位置づけは微妙である。
確かにインテリアとしてオサレに扱うこともできるし、かなりボサノバであるようにも見える。
そこからコンセプチュアルなものを読み取ることはかなり困難で、もしかしたらラッセンと同じ扱いになってしまう可能性もある。
というか、ラッセンとかヒロ・ヤマガタを扱っているような、詐欺まがいのギャラリーに置いてそう。
綺麗なおねえちゃんが「これからは、アートにも投資するべきですよ」とか言って無理矢理買わせる系の。

僕は、そういう詐欺ギャラリーのやり方は別として、ラッセンやヒロ・ヤマガタについても、あれはあれでラディカルだなあ、と思っている。彼らを無視するアート界の方がおかしい。
でも、ジュリアン・オピーについては、それとはまた違うものを感じるのだ。
というよりかは、何も感じない。

徹底的に「何も感じさせないこと」を目指しているように思える。
という意味で、ジュリアン・オピーは究極のミニマリストである。

風景画としてノーマンズランドを描くこと。
人の気配を感じさせない人物画を描くこと。

ジュリアン・オピーは最もわかりにくいコンセプチュアル・アーティストであり、説明不足すぎる。
そしてその説明不足さこそが、逆育てゲーというおもしろいゲームでもあったりする。 


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myinnerasia at 19:49│Comments(0)虚構 | 逆育てゲー

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