2016年06月29日

ダジャレを復権させよ

僕が行っていた大学は、日本語学科が日本一らしく(どう”日本一”なのかは知らないが)、日本語学科が日本一ということはつまりは世界一なわけで、世界中の日本語を学んでいる人が留学生として来ていた。
なので当時としては留学生が多い大学だったと思う。

そんな留学生の友達に、日本語の授業で「ダジャレ」が出てくるけど、ダジャレというものがどういうものかわからないので教えてほしい、と頼まれたことがある。
「ダジャレとは何かを説明せよ」と言われても、んー、「同じ言葉か似たような言葉を使って(ときには無理矢理)文を作ること」という感じで、説明してみたら何がおもしろいのかよく分からない説明しかできなかった。
あまりにもヘタな僕の説明のために全然伝わらなかったので、実際に例を上げてほしい、と言われ、僕はとっておきだった奴をいくつか言ってみた。

トイレに行っといれ。
氷屋のおっさんに怒られた、コリャー。
分野は10個もあれば充分や(十分野)。

もう、ドッカンドッカン笑いが来る、と思っていたのだが、留学生の彼は全く笑わず、むしろ目を輝かせている。
「ニホンノブンカハスバラシデスネ」と。

ドッカンドッカンを期待していただけに、こっちはがっかりだったのだが、考えてみれば似たような言葉を二つ使って文を作ることの何がおもしろいのか確かに分からない。

ダジャレで笑う、というのは日本だけのものなのだろうか?

西洋の詩は韻を踏む、ということを忠実に守る、という規則があるが、考えてみればダジャレのようなものである。
だがそれで笑うわけでもない。
日本にも古くは「掛詞(かけことば)」というものがあり、短歌などでの技として使われることもあったようだが、これも笑いではなくどちらかといえば「粋」である。

同じ言葉、あるいは似たような言葉を二回以上使う文を(無理矢理)作ること。
これの何がおもしろいんだろう?

ところが今となっては、ダジャレを言おうものなら「オヤジギャグ」などとバカにされるのがオチである。
あるいは「オヤジギャグ=つまらない」と分かっていながらそれをわざと言う、という二重の笑いもある。それとて「(笑)い」という程のレベルではないが。
だが確かにダジャレを言う時には、いずれかのレベルで笑いを誘おうという意図が確かにある。
なぜ?なぜそれがおもしろいのだろう?

ダジャレが笑いを誘うものというのは日本独特の文化のようである。
それが今では「オヤジギャグ」としてつまらないもの扱いを受けている。
今では、日本独特の笑いであるダジャレをテレビでも積極的に使っているのはデイブスペクターぐらいである。
デイブスペクターは、常にダジャレのストックを6000個持っている、と言われている。しかも日本語で。
日本独特の笑いを外国人に任せていていいのだろうか?

我々日本人はダジャレの地位を高め、日本特有の笑いのスタイルとして世界に誇るべきである。

そしてそれを外国人にダジャレについて説明してほしい、と言われた時には、「ニホンノブンカハスバラシデスネ」ではなく、ドッカンドッカンと笑わせようではないか! 

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myinnerasia at 18:09│(笑)い | 宣言風