2016年09月29日

ローテクの勝利

セキュリティ・システムでガードされたドア。
早くそのドアを開けて向こう側に行かなくては。
ハン・ソロが適当にパスワードを入力する。が、当然のことながらドアは開かない。
そこへR2-D2が、セキュリティ・システムに接続し、暗号を解読しようとする。
が、これもなかなか暗号を解読できない。
そこでややキレ気味のハン・ソロは棒きれでパスワード入力用のキーボードを叩き壊す!
バーーーーーーーンッ!バチッバチッバチッ!とキーボードは火花をたてる。
と同時にドアが開く。

僕はスター・ウォーズは全部観たが、こんなシーンがあったように思う。
あるいは上記のとおりではないかも知れないが、そんなことはどうでもよい。
要はハン・ソロはそういうことをするようなワイルドな男だ、ということである。

そして、ワイルドでローテクな男はいつもハイテクに勝利する。
 

ハン・ソロよりかは幾分物静かではあるが、「2001年宇宙の旅」や「JM(記憶屋ジョニー)」のオチもそういうことだ。
ローテクはいつもハイテクを凌駕する。

「人工知能がいつの日か人間を支配するようになる」という心配をよく聞くが、人間を支配することはできない。
いざとなれば電源をプチッとすればいいだけの話である。
問題は、人間に勝る能力を持った人工知能を悪用しようとする人間、あるいはならず者国家が現れた時である。
その場合、電源コードはならず者、あるいはならず者国家の手元にある、ということが問題なのである。
つまり、シンギュラリティに対する不安というものは、人間を超えた人工知能とのつきあい方の問題なのではなく、それを悪用しようとする人間の扱い方の問題なのである。

さて、なぜローテクはいつもハイテクに勝利するのだろうか?
これはコンピューター・プログラミングにおいて、高級言語が低級言語の上に成り立っていることに似ている。
つまりより高次のものは低次のものの上に成り立っており、その足元である低次のレベルのものが破綻すると自らも破綻する、ということである。

たとえば日本語の文書があるとする。 その文書はあることについて書かれていて、「意味」をもつものであるが、その文字がかすれて読めない場合は、その文書自体が理解できないものになる。つまり、「文字」という「文書」にとっての低次のものが破綻することによって文書の「意味」がなくなってしまうのである。
あるいは文字よりもさらに低次にある、その文書が書かれた紙自体を破く、あるいは燃やしてしまえばその文書の「意味」はなくなってしまう。

日本語の文書が読めないハン・ソロは、敵に回ってしまったら非常にまずい日本語で書かれた文書を改ざんしようとがんばるよりかは、燃やしてしまえばよい。ハン・ソロはそういう男だ。

ワイルドでローテクな男はいつもハイテクに勝利する。

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myinnerasia at 08:03│Comments(0)メタロジック 

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