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2016年09月13日

無数の小ガラパゴスとネゲントロピー

多重ガラパゴスの中に散財する無数の小ガラパゴス
最終的には個体にたどりつくかもしれないその一歩手前あたりには、個体で形成されたコロニー、あるいはフローラとでも呼ぶべき個体の集団がある。人間社会で言えば、都市の中の一画にある「◯◯人地区」と言ったところか。

熱力学の基本にある、エントロピー増大の法則に沿って言えば、本来、生態系、あるいは人間社会は、個性を持たない個体が画一的に散在するようなところに向かっているはずである。
地球上のどの一点をとっても同じ風景が広がる。
だが、実際はそうなっていないところが生命のおもしろいところである。
 

「ネゲントロピー(negentropy)」という言葉はnegative entropy、つまり負のエントロピーという言葉を元にした造語だそうだが、その意味は、生命活動というものがエントロピーの法則に反する力が働くことによって恒常性を保つ、という考え方で、今ではその存在そのものは否定されている。

だがここで重要なことは、生命というものがエントロピーの低い状態にあり、それが平衡状態、つまり死に向かってエントロピーを増大させていく、というもので、そのエントロピー増大への力に抵抗する何らかの力が働いていて、それを「生命活動」と呼ぶ、という発想である。

エントロピーが低い状態であるということは、言い換えればポテンシャル・エネルギーを持っているということである。
さらに言い換えれば、高いところにあるものは、低いところに落ちる潜在的能力を持っている。
そして底(=死)まで落ちる可能性を持ちながら、それに反する力が生命活動である、ということだ。
いずれ衰弱によって生命活動がエントロピー増大の力に負けることにはなっているが。

この生命活動は、一個体におけるミクロなものであるが、これをもう少しマクロに観てみることで小ガラパゴスの不思議も見えてくる。
つまり、 「個性を持たない画一的な個体が散在する世界」に抵抗する力としてのネゲントロピーというものを想像してみよう。

ひとつの大きな系の中に、無数の個体が寄りあうコロニーが形成され、そこに小ガラパゴスが生まれる。
この小ガラパゴスは、その大きな系の中で閉鎖系として存在しているわけではなく、開いている。
つまり、コロニー外部とのやりとりが可能である。
外部とのやりとりが可能である系はやがて外部とブレンドされ、希薄化していく運命にあるはずだ。
それがエントロピー増大の法則というものである。
だがそこには、このエントロピーを増大させまいとするネゲントロピーの力が働くため、コロニーは存在し続けることができる。

これは生命活動と呼ぶべきではないだろうか?

ネゲントロピーそのものの存在は今では否定されているが、科学における常套手段である「とりあえずxとする」という技としては有効なものであると思う。 

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myinnerasia at 08:07│Comments(0)アジア | 生命

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