2016年06月10日

愉快犯は犯罪なのか。じゃあ、愉快()犯は?

「愉快犯」という言葉について、僕はずっとその意味を間違って思っていた。

愉快犯(ゆかいはん)とは、人(社会)を恐慌におとしめて、その醜態や慌てふためく様子を陰から観察する・あるいは想像して喜ぶ行為を指す。その行為がに抵触するか否か、するとすればどの法に抵触するかは、実行した行為による。 (ウィキペディアより) 

「人(社会)を恐慌におとしめて、その醜態や慌てふためく様子を陰から観察する・あるいは想像して喜ぶ行為」。。。。 
そうか。「犯」とつくだけに、人に迷惑をかける行為を指すのか。
僕は完全に勘違いしていた。「人を愉快にさせる匿名行為」を愉快犯というのだ、と。 

「その行為が法に抵触するか否か、するとすればどの法に抵触するかは、実行した行為による」
とのことなので、僕が思っていた愉快犯の解釈も100%間違いだったわけでもなさそうだ。

ここで突然、雑民党。

 

このビデオではカットされているのかも知れないが、当時、これを生で観た僕の記憶では、
もっと放送では言えない言葉を連発していた、と思う。それがそのまま放送されていた。

NHKという、国内では最もお固い放送局で、普通は放送では言えないような言葉を連発。
政見放送では、そこで語られたことを一切編集することなく、すべてそのまま放送する、という
ことで候補者の平等を保証する、という建前があるはずで、雑民党はそれを逆手にとって、
普段のNHKでは放送されるはずのない言葉を連発している。

これは僕がずっと勘違いしていた「愉快犯」という言葉を説明するための例として、もっとも
ふさわしいものだ。
「NHKでは絶対に放送しない言葉」をあっさりと連発してしまうその行為は、見ている側を
愉快にさせる。
もちろんこれを見て「不愉快だ」と感じる人もいるのだろうが、人(社会)を恐慌におとしめる
ほどのものでもない。

その行為を行った者が愉快なだけではなくて、見ている側も愉快になるもの、つまり僕がずっと
「愉快犯」だと思っていたもののことには、「愉快犯」とは別の呼び方が必要なようだ。
「愉快(な)犯」と呼ぼう。略して「愉快()犯」。

愉快な犯は時々、「アート」として解釈される。
渋谷に掲げられている岡本太郎の巨大な作品、「明日への神話」の横にChim↑Pomが作品を
添えた事件は、最初は「岡本太郎作品に落書き」と誤報されたが、実際には作品には危害を
与えておらず、その横に彼らの別の作品を添えただけ、ということであった。
ただし物理的な危害は与えなかったとしても、これもその元の作品に別解釈を与える、という
意味では元の作品を冒涜したことになる。

chimpom


Chim↑Pomがやったこの行為が、実際に元の作品に別解釈を与えることができたのかどうかは
別として、元の作品に何らかの意味を追加した、そしてそのことによって元の作品に再注目、再解釈
することを促すことになった、という意味で、僕にとっては愉快な犯であった。

さて、これらのような人(社会)を恐慌におとしめることなく、ただ人(社会)を愉快にさせる、
「愉快()犯」は犯罪なのだろうか?
これについてももちろん「愉快犯」の定義にある「実行した行為による」のだろうが。 

そしてこの「愉快()犯」についても、(笑)いと同じく、ビジネスなどでも応用可能である。
愉快()犯ビジネス。
もちろん、その場合でも犯罪になってしまうことはありえないわけだが。 

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myinnerasia at 06:10│愉快()犯 | アジア