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2016年06月24日

UGC=人海戦術 vs CGC=人工アジア

UGC(User Generated Content:ユーザが生成するコンテンツ)というバズワードが聞かれなくなるまでにはあまり時間がかからなかった。UGCという言葉がバズる前からそういうものはあったし、今現在でも、インターネット上で最も元気があるのはUGCだ。
UGCとは、その言葉そのままに、ユーザーが作ったコンテンツを集めた場、という意味で、それはその場を提供する者が自らコンテンツを作る、あるいは制作者が創ったものを配給する、という従来のコンテツビジネスと分けて考えるために用いられる。
YouTube、 Instagram、その他広い意味ではFacebook、TwitterなどのSNSもUGCの範疇に入れて考えてもいいものかも知れない。

にもかかわらず、そこで"UGC"という言葉が使われることはあまりない。

本来、「ユーザが生成するコンテンツを集めて提供する場」というものは破壊的な力を持つ。
場の提供者、あるいは場の提供者が用意した制作者には数に限りがあるため、そのコンテンツの数も当然のことながら有限となる。
それに対しUGCと呼ばれるサービスは、そこを訪れる客にコンテンツを公開する場を提供することで、コンテンツの数を無限にすることができるのだ。
量は質を凌駕する
量だけで勝負することになるのであれば、大竹伸朗であっても、プリンスであっても、池田学であっても、UGCの人海戦術の無限性にはかなわない。
コンテンツを公開する場を提供する者にとって、ある程度はコントロール可能であるだろうが、基本的にUGCは自然発生都市的、すなわちアジア的なものになり、やがてコントロール不可能なものになっていくことが目に見えている。

やがてUGCは量的にも質的にも爆発していくことになる。

つまりUGCは本質的に無敵であり、それをバズワードとしてしか考えられなかった者たちは、その本質に気づくことなく、やがて「当然のこと」のようになってしまった。

制作機械(大竹伸朗、プリンス、池田学)であってもその数においては歯が立たないUGCに対抗するとすれば、それはCGC(Computer Generated Content:コンピューターで生成するコンテント)だ。
CGCという言葉は調べても見つからないかも知れない。なぜなら今僕が作ったからだ。
コンピュータは文句をいっさい言うことなく、複雑で膨大な計算を人間よりもはるかに高速に繰り返してくれる。
この我慢強さは制作機械にも勝るし、CGCに負けないほどの無限性を持ちうるものである。
「文句をいっさい言うことなく、計算を繰り返してくれること」を、作品の生成に応用することで、コンピューターを「人工制作機械」にすることができる、というのが僕がずっとテーマにしていることだ。

そして、そこで創りだされる無限を感じさせるコンテンツこそが、僕がアジアと呼ぶものに他ならない。

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